トップページをリニューアルしました

就職活動したことがない

僕の自慢のひとつですが、就職をしたことがありません。

つまり、企業の正社員になったことがないということです。

そして、いわゆる就職活動をしたこともありません。

今回は改めてそのあたりのことを話すことにします。

就職活動をしたことがない

僕はいわゆる「就職氷河期世代」と呼ばれる世代に入ります。就職適齢期に就職が困難だった時代を生きた世代のことです。

でも、僕には自分が「就職氷河期」を生きたという実感が全くありません。

なにしろ、就職活動自体をしたことがないのです。だから、どのくらい就職が困難だったのか、肌で感じることはありませんでした。

噂に聞いた「エントリーシート」というものを見たことがありませんし、企業説明会とかに参加したこともありません。

「なぜ就職活動をしなかったのか?」と聞かれても、逆に「なぜ就職活動をするんですか?」という感覚です。

なぜそうなったのか、順を追って話しましょう。

子供の頃の夢

まず、子供の頃マンガを描くのが好きで、将来はマンガ家になると決めていました。

当時のマンガ家志望のイメージと言えばトキワ荘です。

木造のボロアパートで段ボール箱をひっくり返して机にし、貧しい生活をしながらも、いつか自分のマンガが多くの読者に届く日を夢見て頑張る。

自分もマンガ家になるためにはそれを乗り越えなきゃいけないと、覚悟を決めていました。そして、僕なら諦めず夢が叶うまで頑張り切れるだろう。たとえ苦しくても自分のやりたいことのためなら負けないだけの信念がある。志がある。自分はそういう存在なのだと信じていました。

なので、まず夢のためなら貧乏は厭わないという、その覚悟が土台にあったわけです。

大学へ進学

中学でいじめにあい、高校ではそのトラウマで人と関わることができなくなりました。

人と向き合うと緊張で体が硬直して、震えて何も話せなくなって、なんとか適当に相槌を打って逃げることしかできないのです。当然、友達ができないし、なにより自分がみじめでした。

そんな状態だったので、半ば進路のことなどどうでもよくなっていました。頭にあるのは、この状態が一生続くのだとしたら、僕の人生はどうなってしまうのだろうという、苦しみと焦りだけです。

漠然とマンガ家になりたいという気持ちはずっと持ち続けていましたが、進路相談とかで、それを話しても「お前ならできる」と励まされたり、応援されることはなく、呆れられる感じだったし、あまり絵も描かなくなっていたので、いったん「小学校の先生になる」とやや現実的な目標を定めて教育を学べる大学に進みました。

将来の職業とか、やりたいことは大学に入ってからゆっくり探せばいいと思っていました。

大学に入っても進路のことを考えている暇はありませんでした。そんなことより、自分を変えたかったのです。

今日こそはと気合を入れて、栄養剤を飲んで飲み会に参加して、結局何も話せず帰ってきて一人で泣くような日々でした。

家で貪るように心理学や哲学の本を読んで、自分を変えるための方法を模索していました。他の人が進路や将来のためにいろいろやっている間も、僕は自分の中のマイナスを埋めてゼロにするために必死だったのです。

映画作りからやりたいことを知る

大学には自主制作で映画を作るサークルがありました。上映会を見に行ったとき、衝撃を受けました。僕がやりたかったのはこれかもしれないと思いました。

さっそく入会して、映画制作に取り組みました。どうやったら面白い映画が作れるだろうと考えているときが、ものすごく楽しいのです。

相変わらず、自分の性格に対する悩みは抱えていましたが、一方で自分のやりたいことははっきりわかりました。

何がやりたいのかわからないという悩みを持つ人も多い中、やりたいことがわかったのは幸福なことだと思います。

いや、具体的に何がやりたいかはわかりませんでしたが、やりたいことの方向性ははっきりわかったのです。

「脚本家になる」「芸人になる」「マンガ家になる」「小説家になる」候補はいろいろありました。

簡単に言えば「面白いものを作ること。そのためにいろいろ考えること」それが僕のやりたいことだとわかったのです。

就職活動をしなかった理由

以上が、大学生の頃の事情です。

小学校の先生を目指すという道も見据えつつやっていましたが、本気ではなかったし、ましてや企業に就職など、まったく頭にありませんでした。

なんでもいい。面白いものを作りたい。そしてそのために、いったん貧乏になる覚悟は子供の頃にすでにできている。やっぱり、子供の頃に決めたその道に進もう……。

その後、大学を辞めて専門学校で演劇を学ぶことになります。脚本の勉強をしつつ、自分を変えるために発声の技術などを身につけたかったからです。

それからずっと、バイトをしながら、面白いものを作るためにいろいろ考えて暮らしています。

貧乏だと感じない

みかん箱をひっくり返して、机にしてマンガを描き、水をがぶ飲みして飢えをしのぎながら、それでもマンガ家として成功するまで頑張ろうと覚悟を決めていたのが小学生の頃の僕です。

その覚悟していた僕は今、エアコンの効いた部屋で、パソコンの前に座り、光回線でネットをつなぎ、スマートフォンを横に置いて、ロジクールの高級キーボードでこれを書いています。前回書いたように毎日のように飲食店のまかない料理を食べて暮らしています。

【AIに仕事を奪われても安心】飲食店アルバイトのメリット

とても自分を貧乏だと思えません。

僕の思う貧乏は4畳半で、裸電球で、風が吹くとガタガタ揺れて隙間風が吹き込んでくるアパートです。

今の暮らしは、どちらかと言えば、子供の頃想像したマンガ家として成功して夢を叶えたあとに手に入るであろう豊かな暮らしのイメージに近いです。

もともと宮殿に住みたいとか、召使いを抱えたいとかそういう欲もないし、暮らしの満足度で言えば、今のレベルで十分満足です。これで不満だとしたら、自分の欲深さを恥じるべきでしょう。

氷河期世代とか関係ない

僕は就職氷河期と呼ばれる世代の非正規雇用労働者ですが、上記のような事情から、僕にはそれらのことはどうでもいいし、自分には関係ないことのように感じています。

非正規雇用だと、それすなわち悲惨な人生という語り口でネガティブに言われ過ぎじゃないかと感じます。

就職できなかった人とか、不幸な時代に生まれた人とか、弱者男性とか、勝手にまとめられて「かわいそう」扱いされたりするのはなんか嫌です。

就職はしようともしていないので、できなかったわけではありませんし、弱者男性かどうかは定義がよくわからないので知りません。勝手にそんなことを言ってるヤツがいるらしいという程度の話です。バーベル100キロ持ち上げられないのが弱者男性なら、僕は弱者男性ということでしょう。

自分の道を確信を持って選んで今があります。そこに後悔はありませんし、自分の人生が不幸だとも、うまくいっていないとも思っていません。思うように前に進めていないと思うことはありますが、まだ道半ばであって、選んだ道自体が間違いだとは思っていません。

さっき言ったように、自分を貧乏だとも思っていません。そりゃ、お金がもっとあればいいと思うことはありますが、それは誰でも同じでしょう?

置かれている立場よりも、「自分は不幸だ」「お前は不幸だ」って言い続けることのほうが不幸を作り出しているんじゃないかと思うんです。

「非正規雇用が問題」とよく言われていますが、非正規雇用でも幸せに暮らせれば問題はないわけで、「非正規のお前は不幸なんだから就職しろ」みたいな圧力の方が嫌です。

僕みたいに自分で望んでそこにいる人もいるわけですから、「自分は非正規雇用で全然ダメな人生だ」と悩む人も、やり方とか考え方によっては不幸じゃなくなるんじゃないかなと思えてならないんです。

『あかね噺』を見て泣く

『あかね噺』は落語家の娘の朱音(あかね)を主人公とするマンガおよびそれを原作とするアニメです。

朱音は、家で稽古する父の落語を近くで見ながらマネして演じるようになるなど、子供の頃からお父さんの落語が大好きでした。

しかし、そのお父さんは破門を言い渡され、落語家を廃業することになります。お父さんが就職すると、落語家時代より安定した給料が入り、外食もできるようになって、周囲からは「よかったね」と言われるようになります。

でも、朱音は父の落語を惜しむ言葉ではなく「よかったね」と言われることが悔しくて仕方ないと、父の師匠に弟子入りを志願します。

このシーンが僕の心に突き刺さって泣けて仕方なかったです。

僕も、もし就職したら「よかったね」って周りから言われるんだろうな……。そんなことを思うと、僕が本当に大事にしていることが何なのか見えた気がします。

やっぱりこの道は間違っていないと、勇気をもらいました。

まあ、ちょっと遠回しかもしれませんが、なんで僕が過去に就職という道を選ばなかったのか、今も就職しようとしないのか、この『あかね噺』のエピソードから、なんとなくでもわかってもらえたらありがたいです。


なお、関連する話はnoteのインタビューにも書いています。こことはちょっとニュアンスの違うことも書いています。事情がいろいろ複雑に絡み合っていて、どういう切り取り方をするかによって内容もちょっと変わってきます。どっちかがウソというわけではないです。