トップページをリニューアルしました

「人生の折り返し地点」ってなんだよ? 折り返すつもりなんてないんだけど……

40歳を過ぎて母親から「人生の折り返しなんだし……」みたいなことを言われたのですが……。

は? 折り返し? なんで折り返すの?

行って終わりだろ

「人生の折り返し地点」というのは、人生をマラソンか何かに例えた上でちょうど半分ということだと思います。

でも、人生に折り返し地点があるなんて考えたこともないんです。だって、実際ないですから。

人生なんて、どちらかと言えば「行けるところまで行って終わりだろ」という感覚です。

「折り返し地点」などと言われても、全く意味がわからないわけです。なんで折り返さなきゃいけないの? としか思えません。

今も目的地に向かって進んでいる最中なのに、「折り返し」とか言われると「それ以上進むのはやめて戻ってきなさい」と言われてるのかなと思うわけです。

じゃあ、その場合の戻るはどこに戻ればいいんでしょう?

もう冒険はするなということ?

いや、僕はこれからだってどんどん新しいことに挑戦したいんですけど?

僕としては行きたい場所を目指して頑張っているのに、「折り返せ」なんて言われたら腹が立つばかりです。

あと、40歳で折り返しというのもよくわからないわけです。「人生80年として」ということでしょう。でも、わからないじゃないですか。何歳まで生きるかなんて。そもそも年齢で何かを決めるなんてナンセンスだと思うし。

僕の素直な感想としては「人生に折り返し地点なんか存在しないんだから、そんなものを勝手に作って勝手に自分や人の生き方に制限を付けるのはよくないよ」という感じです。

だから、そんな考え方をする人が多いのが普通に疑問なのです。

逆から例え返すのはよくないと常々思う

ちょっと話が変わりますが、思い出したので言っておきます。

たとえ話とか、比喩表現ってあると思うんですが、何かをわかりやすく説明するために例えるのはいいとして、例えられた逆側から例え直すのはよくないと思うんです。

AをBに例えて説明した時に、Bの特徴をAに当てはめてはいけないということです。

「人生は長い道のりを走るマラソンに似ている。競争に勝とうとする者もいれば、景色を楽しみながら自分のペースで走る者もいる」のように人生をマラソンに例えた場合、それで伝えたいことが伝わればいいので、それ以上欲を出してはいけないんです。

ここで、「これはいい例えだなあ、もっとうまいこと言えそうだぞ!」などと思って「マラソンには給水ポイントがあるでしょう? だから人生にも給水ポイントがあっていいんですよ、休息も大事です」などと調子に乗って言い出すと、だんだんおかしくなっていくんです。

「休日が給水ポイントだとしたら毎週土日休むなんてマラソンだったら2メートルごとに給水してるようなもんだろ、甘えるな」みたいな話にもなり、「いやいや、給水ポイントはもっと長期の休暇だろう」「じゃあ、土日は何なんだ」とか「生まれたときからスタートダッシュをさせるべきだ」「年をとったらラストスパート」とか、全く意味のない議論が始まってしまうわけです。

マラソンは人生ではないのだから、全部が綺麗に当てはまるわけじゃないんです。

もし議論や思考の中で「例え返し」が起きていることに気づいたら、すぐにやめるようにしたほうがいいでしょう。

まあ、「そうした方がいい」とはわかっていても、面白くなってやめられないということはあるかもしれませんが……。

海外ではどうなんだろう?

「人生の折り返し地点」なんてネガティブなこと言ってるの日本人くらいじゃないの?

と思って調べてみると、欧米にも“Midpoint of life”(人生の中間地点)などの表現はあるらしいです。

40~50代は「ミッドライフ・クライシス(中年の危機)」で、

  • 自分の若さが失われつつあることへの焦り
  • 「自分の人生、本当にこれで良かったのだろうか」という自問自答
  • 残された時間の有限さ(死への意識)

が押し寄せて、人生考え直しがちな時期なので「折り返し地点」的な感覚は抱くようです。

ただ、アメリカなどでは後半戦を日本のように「身辺整理」や「老後への備え」というより、ポジティブなリスタートと捉えて「新しい趣味(トライアスロンや楽器など)に狂う」「大学に入り直す」などのアクティブな方向に行くことが多いらしいです。

まあ、それを聞くとネガティブなことばかりでもないのかなと思えます。

好意的に考えるなら……

それにしても「折り返し地点」という表現がよくないですよね。「中間地点」とか「中間チェックポイント」みたいな言い方にすれば、もう少し受け入れやすいのに、「折り返し地点」とか言うから「は? なんで帰らなきゃいけないの?」って思っちゃうわけで……。

とりあえず「人生の折り返し地点」という表現は今日で廃止にしましょう。徐々に若返る方法が見つかったら使っていいことにしましょう。

そのうえで、40歳を越えたあたりを人生の中間地点と言うなら、そこに来た身として、時間の流れの異常な早さは感じているので、今やりたいことを全部やる時間ないのかもしれないなと思うことはあります。

今やりたいことのうち、本当にやりたいことだけに集中していかないと、できないまま終わるかもなというのはあります。

「人生の折り返し」が「今やってることを全部諦めて穏やかな老後に向けて準備しましょう」みたいなことなら従うつもりはないけど、「これまでやりたいと思ってきたことのうち、諦めなければならないことも出てくるから覚悟しましょう」ということなら「まあそうかもな」くらいには思えます。

ただ、今の段階では何も諦めるつもりはないです。今のまま進みたいと思っているし、やりたいことは全部やりきるつもりでいます。