noteで『三刀流修行~中井佑陽インタビュー~』を連載中

Kindleハイライトが嫌い

Kindleのアプリで本を読んでいると、「◯◯人がハイライト」みたいなのが出てくるんですが、あれがダメなんですよね。

ポピュラーハイライトという、同じ本を読んだ他の人のハイライトが表示されるという機能のことです。

ハイライトとは、蛍光ペンでマーキングするように、本の中の好きな箇所に印を入れられる機能のことです。こんな風に。

他人のハイライトを見せられるのが、もう狂おしいくらい嫌です。普段、怒らない僕がイライラするレベル。

自分でも何がそんなに嫌なのかよくわかりませんので、ここで考えてみることにします。

線を引くこと(ハイライト)自体が好きではない。

Kindleで「100人がハイライト」という箇所に出くわしたら、「ここに100人がハイライトしているなら、誰もハイライトしていない場所に価値を見いだしたい」と考えてしまうのが僕です。

「そこに線を引くってことは、じゃあ、他の部分はどうでもいいっていうのね? 一部分だけをひいきするんですね?」という反抗心がどうしても出てきてしまいます。

また、結論の部分に線が引かれていることが多いのですが、「大事なのは、なぜその結論に至ったか、長々と説明されてきた理由の方だろ、なぜそっちに線を引かないんだ」という気持ちになってしまいます。

「結論の部分に線をひっぱって覚えて、それを自分の主張のように話しても、理由を正しく答えられないなら、その本を読んだ意味はないだよ! ここに線を引いた100人、そこに正座しろ」。と、顔の見えない100人を並べて説教したくなります。

学生時代も、教科書に線を引くのは嫌いでした。線を引いたら覚えられるというわけじゃないのですから。覚えたいなら、書き写す方がよほど効果的です。

線を引いている学友を見ては「線なんて引いたって頭には入らないんだから意味ないじゃん。教科書が汚れるだけ」という反抗精神が妙に湧いてくくるのです。もともと太字になっている部分にマーカーを引いていたりするから、なおさら「意味ないなあ」と思っていたものです。

僕の教科書は落書きがいっぱいですが、指示が無い限り、線はあまり引かなかったです。

まあ、それで僕の成績がトップだったなら説得力があるんですが、そうでもなかったので、その方がいいという証明はできないですけど……。

自分と作品との1対1の関係を崩さないでほしい

その作品と向き合っている間は、その作品や作者と、自分との1対1の関係を大事にしたいのです。純粋にその作品と向き合って、自分が何を思うのか確かめたいのです。

他の人が何を感じたのかみたいな、余計な情報はなるべく入れたくない。それに引っ張られたり、影響されて、自分の感じ方がブレたら嫌だからです。

例えば、ニコニコ動画の横から流れていくコメントみたいなのも嫌いです。

感動する場面で「ありがちだね」「◯◯のパクリ」などのコメントが目に入ったら最悪です。もう素直に感動できなくなります。なのに、なんで、あんなものを大勢が利用するのか、理解に苦しみます。

「人の意見を参考に……」ということなのでしょう。Kindleのポピュラーハイライトも、他の人がどこを重視しているか参考にしましょうってことなんでしょう。

「ほら、こんなに多くの人がハイライトしてるよ、ここが大事なんじゃないですか?」って。

「うるせえ! どこが大事な部分かは、全部俺が判断する!」

人の意見を聞きたい時は、その時で探すから、とりあえず邪魔をしないでくれって感じです。

ポピュラーハイライトはアプリ設定で絶対オフにする!

というわけで、ハイライトがある限り、僕は著しく読書が楽しめなくなります。

普通のハイライトはともかく、ポピュラーハイライトは僕には理解できません。

僕だったら、そんな機能を付けようとも思いません。Amazonの人が、この機能を付けようと考え、それに反対する人もあまりいないために、この機能があるんでしょう。あった方がいいと考えている人が多いのでしょう。嫌がる僕が少数派なのでしょう。それが不思議で仕方ないです。

みんな嫌じゃないの? なんで?

Kindleアプリの設定で、ポピュラーハイライトのチェックはオフにしています。

Kindleアプリを入れたら速効やるべきことと認識しています。

最近は、ほとんどの本をKindleで買っていますが、もし、ポピュラーハイライトをオフにする機能が無かったら、Kindleは使ってなかったでしょう。

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